「オンザ・ウォーター・ジャッジ」
ヨットレースが他のスポーツと違うのは、審判がいないということ。
“ジュリー”(jury:陪審員)はいる。ルール違反があった場合、被害者から抗議が出るとレース後審問が行われ、その場でやっと判定が出る。
つまり、ちょいともめると、レースが終わった後までダラダラと引きずってしまうこともある。
これが表彰式までずれ込んで、なんだかシラケてしまう事もままあるのだ。
今年から始まった、プラトーカップ(於:逗子マリーナ)では、オンザ・ウォーター・ジャッジというシステムが導入されていた。
これは、マッチレースに見られるように、アンパイアが海上にいて、その場で判定が下されるシステムだ。
マッチレースは2艇で競うので、海上審判が普通だが、フリートレースではあまり例がない。社会人レース、ヤマハ33S、IMS倶楽部等で、実験的に行われているにすぎないのだ。
オンザ・ウオーター・ジャッジの利点は、その場で判定が下されること。
これまで、ヨットレースのルールは難しいといわれてきたが、その理由は審問制度にあった。
抗議を出してレース後審問という形はどうも大げさ。通常のクラブレースではいちいち抗議はしない、というのが普通だ。
悪いと思った方は、ペナルティーとしてその場で720度回れば許される。が、実際には海上で「抗議抗議!!」と怒鳴りちらし、かたや無視して通る……なんてことが多い。結局最後までどちらが悪かったのかうやむやのまま。声の大きい方が勝ってしまう、ということが多かったのだ。
海上に審判がいて、その場で判定が下されればこのあたりが非常にすっきりする。海上で下された判定を覆すことはできないので、審判も選手もレース後はフリー。和やかにパーティーを楽しめる。
オンザウオータージャッジのレースを繰り返して経験していけば、選手もルールに詳しくなろうというものだ。
ただし、難点もある。
マッチレースならいざしらず、フリートレースではレース艇の数が多い。
今回のプラトーカップではわずか8艇だが、それでも、あっちでもこっちでもケースは起きる。アンパイアボートは2隻いたのだが、これでも全艇に目を光らせるのは大変だ。
「ほんとに疲れました」と今回のアンパイアも語っていたが、マッチレースの方がはるかに楽なのは当然だろう。
選手にとっても、分かりにくい場合がある。
今回のケースでいえば、スタート前、まさにスタートラインに向かうその時、風下艇から抗議のフラッグが揚がった。風上艇がラフィングに応じなかったというもの。ま、よくある話だ。
スタート前は多くの艇が重なっている。風上艇は避ける動作をしたが、さらに風上にいた艇が邪魔でよけきれなかった。で、この時の判定は、「一番風上にいた艇にペナルティー」、というもの。
ペナルティーを課せられた艇はホイッスルと共に艇番号のプラカードが掲げられる。
海上判定は覆らないので、直ちにペナルティーの270度を回るしかない。
ところがこの時、当該艇はリコールなのかなんなのか良く分からなかったようである。
自分と直接かかわっていない風下艇からの抗議だったので、確かに分かりにくい。
結局、しばらく走った後、ベア〜ジャイブしてラインに戻ろうとしたところ、アンパイアボートから口頭で説明を受けていたようだ。
また、オンザ・ウオーター・ジャッジでは、たとえマークタッチしても、審判に見つからなければそのまま走ってよい。
まあ、普通の競技はたいてい審判に見つからなければOKであるから、これは納得。
ところが逆に、プロテストが出なくても判定が下ることがある。
左海面へ行きたいスターボード艇が、ポート艇に「前通っていいよ」と声をかけることがままある。
この場合、両者合意の上だからスターボード艇は多少ディップしてでも前を通す。妙に目前でタックされて右海面に行かざるをえない状況に陥るよりも有利と見ての判断だ。
マッチレースと違い、敵は他にもいるので、こういう判断もありえる。
ところが、オンザ・ウォーター・ジャッジでは、抗議が出なくても審判の判断でペナルティーの判定が下り、納得ずくのポート艇にペナルティーが課せられることがあるのだ。
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オンザ・ウォーター・ジャッジはまだ始まったばかり。
問題点もあるが、基本的にはたいへん面白い。審判のかたにとってはたいへんだろうが、今後も広がっていけば、選手もルールに詳しくなり、やがてはクラブレースレベルで審判なしでも自分たちの判断でペナルティーを履行するという、理想的な形になっていくのではないかと思う。
ちなみに、今回のペナルティーは、マッチレースなみの270度であったが、これくらい軽い方が自発的にペナルティーの履行を行う習慣がついていいのではないかと思った。