「やっぱりワシらは河を行く」

 馬はとんでもない崖っぷちの小道を、力強く進んでいく。僕の馬(名前をトムという)はこちらの想像をはるかに越えて賢く力強い。先頭を行くチャーリーの馬の後に続いて黙々と歩く。力に余裕があるので僕の言うことも良く聞く。対してアツシの馬は力無く、坂道を上がるときなど、助走を付けてバッコバッコ走ったりするのである。振り落とされそうになるアツシ。
 僕は、トムで良かった、と思った。

 それよりなにより、歩く道がすごい。幅40センチほどの、道というより轍である。右手には高く山がそびえ、左手は遥か断崖。谷底にファカタネリバーの源流が滔々と流れている。足がすくむ。馬は足すくまないんだろうか。なにより、ちょっとでも足を滑らせたら転落である。この崖から人馬もろとも転落したら命はない。僕の場合、馬を操るというよりも単に乗っているだけにすぎないという状況なのである。よって、僕の運命はトム君の運動神経の如何にかかっているということになる。
 馬だって「足を滑らせる」って事はあるだろう。「ここんとこ、働きづめで疲れ溜まってるんス。おっとっと」とかいうことないのであろうか。あるいは最近失恋して世をはかなんでいるなんてことはないであろうか。「えーい、どうせ俺なんか死んでもいいんだ」なんて、自棄になっていたりしないであろうか。
 などと心配しているうちに、馬は峠を越え、谷を下り、再び上ったりしつつ林の中を行き、河原に出る。清流である。淵に魚影が見える。かなり大きなレインボーである。でもここではまだ釣らないみたいである。出発前にピーターとトムがなにやら打ち合わせをしており、釣りポイントはすでに決まっているようである。馬は僕らを乗せてさらに進む。川をザブザブ渡り河原を下り再び川を渡り山に登る。
 2時間近く歩き通していよいよ釣り場についた。
 ファカタネリバーが流れる。川幅3m〜8m位。水深50cm〜深いところでも2mくらいか。蛇行しながら流れる川の両岸は広々としていて、砂利あり石あり草むす草原あり。植林した公園のように、都合のいい林があったりする。

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フライフィッシングは基本的に魚を探しながら川をつり上がっていく釣りである。身を隠しつつ魚を追うにはこの川岸の林はうってつけである。木は茂っているけれども下の方には枝が無く下草はあたかも芝生を敷いたようであり、恋人達が散策してもよろしいんじゃないでしょうかという地形になっている。ホントに恋人達が散策しているとうっとおしいが、ここには僕らの他には誰もいない。まさに、理想的なフィッシングポイントである。
 広い国立公園の中にあってこの辺り一帯はマオリの土地なんだそうである。ここで魚を釣るには、僕らのようにマオリのガイドで馬に揺られて来なくてはならない。実際馬じゃなきゃ来れないような場所ではあるけれど。
 さすがの健脚アツシでも、
「歩いてきたら2日かかる」
 と言わしめた。
 ガイドは魚にプレッシャーを与えないよう入る人の数、間隔をコントロールしている。そこのところが、商売としてはいたしかゆしなんだそうな。宣伝してもっとお客呼びたいけど、それだと魚にプレッシャーがかかって川が疲れてしまう。
 したがって、この地に訪れるには早めの予約が必要である。
 ま、だからこそパラダイスなのだ。

この先、まだまだ続くんだけど、続きは単稿本で読んでくれい。

 

 

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