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「オーナーヘルム概論」

 我が国でも、ようやくレース艇乗員のエリジビリティー(Eligibility、適任、適格。簡単に言えばアマチュア規定ですね)が論議され始めているようです。
 ここ数年、舵誌上で私が何度も訴えてきたことなので、「やっとこの時が来たか」という感じ。そこで、ちょっと長くはなりますが、私がこれまで数年に渡ってアメリカのレースに出場し、そこで感じた事をまとめておきたいと思います。
 商業誌ではなかなかこんな事にページ数はさけない昨今、ウエブでの公開となります。ひさびさの『たかつき総研』Web版って感じですか。

 なぜワンデザインなのか?

 アマチュア問題の前に、まずはハンディキャップ制度の問題について触れておかなくてはなりません。
 ヨットレース、とりわけクルーザーのレースでは、多種多様な艇種のボートが集まってきます。そこで、適当なハンデキャップをつけて時間修正をし、勝敗を争うわけです。
 ところが、この「ハンデを付ける」という作業がなかなか大変です。
 なにしろ、ヨットのスピードというファクターは非常に複雑で、それを完璧に数字で表すというのは不可能に近いものがあります。
 これまで、様々なハンディキャップシステムが開発されてきました。科学技術の発達と共に、ハンディキャップシステムの完成度は上がってきましたが、「完璧」にはなりません。
 軽風時に速い船もあれば、風が強くなると俄然勢いが出てくる船もあります。それらの違いをハンディキャップシステムの上で表現しようとすると、かなり複雑になってしまい、乗っている本人でもいったいどちらが勝っているのか分からないなんて事にもなるわけです。
 加速の良さ、なんてのもレースでは大きな武器になりますがハンディキャップとして数字で表すのは難しく、デッキ上の操作性の善し悪しなんてのは数字では表せません。クルージングタイプの艇は、こういう面でも不利になります。
 さらにいえば、いくら正確なハンディキャップができたとしても、同時にスタートした場合どうしても大型艇が有利になります。小型艇は頭一つ遅れてスタートラインを切ったのでは大型艇にはまったく歯が立ちませんが、大型艇は多少遅れてもすぐに小型艇と鼻先を並べる事ができてしまいます。前を走るという事が、ヨットレースにおいてどれほど有利であるかはちょっとレースをしている方なら身にしみていると思います。
 そのうえ、天候は一定ではありません。大型艇がフィニッシュした後で風が落ちたり、あるいは逆に風が吹き上がったりしたら、サイズの違いによる有利不利は当然出てきます。
 ……と、ハンディキャップレースへの不満というのは尽きないのです。レースとしてのレベルが上がれば上がるほど、わずかな有利不利が成績に大きく響いてきます。そこで「結局はワンデザインクラス」という事になるわけです。
 とはいえ、小さなディンギーと違い、大型の外洋艇でワンデザインフリートを形成するのは容易ではありません。J/24みたいな小型艇でも、多くの艇を均一に保つためには、かなりの苦労(と出費)が伴うのです。そもそも「他人と違うフネを持ちたい」というのもヨットオーナーの本能でしょうし。
 そこでやむなくハンディキャップレースという事になるわけです。これは、やっぱりあくまで「やむなく」という事なのだと思う訳なのです。

 ワンデザインの欠点は?

 欧米のヨット先進国では、それでもこれまで多くの外洋ワンデザイン艇が出てきました。
 ちょっと前ならマム36。コレル45、1D48なんてのもありました。
 この手の大型艇でも、その気になればワンデザインフリートができあがってしまうのが、アメリカですね。経済力が違う。
 ところが、これらのワンデザインクラスは、せっかく艇数が揃ったのにもかかわらず、長くは続きませんでした。なぜでしょうか? これは決して「ワンデザインがつまらないから」ではないのです。
 それぞれの海域で小さなフリートができ、それが地域を広げた選手権を経て北米選手権、そしてワールドへ、というのが競技としての流れとなります。
 地元のクラブでレースをやっているうちはワンデザインで楽しいのですが、いざ大きな大会となると、勝ちを求めたオーナーがプロのレーサーを集めてスペシャルチームを作り参戦してくる、なんて例が多くなったのです。中には、プロレーサーが自ら企画しスポンサーを募ってチームを結成し選手権に臨む、なんて例も見受けられるようになりました。
 ここで、その他の多くのヨットのオーナー達は考えてしまったわけです。我々のヨット遊びとはいったいなんなのか? オーナーシップとはなんなのか? ……と。
 ハンディキャップで競うワンオフ艇の世界では、オーナーシップというものが歴然として成り立ちます。デザイナーを選び、造船所を選び、自分だけの船を造る。目指すレースを決め乗組員も選んで……と、ここにはオーナーとしての喜びがあるのです。速いフネというのは、金を出せば手に入れることができるというほど単純なものでもありません。世界に1艇しかない最速の自艇を手に入れたオーナーのオーナーとしての喜びというものがあるのです。
 ところが、ワンデザイン艇ではどうでしょうか?
 船は全部同じ。あえて言えば、新しい物ほど良いことになります。セイルもしかり。まあ、どんなに頑張って整備しても、艇毎の性能差はほとんどありません。他のチームも頑張って整備しているのですから。
 となると、あとは乗り手の差がレース結果に表れるわけです。これがワンデザインの良さでもあるのですが、ここで、スキッパーからクルーまで、腕に覚えのプロを集めてチームを作り、オーナーは後ろの方でちょこんと座っているだけ、あるいはマリーナで応援……。これではオーナーというよりもスポンサーです。ここでオーナーシップを感じ得るオーナーは少ないといえます。
 自ら舵を持ってレースを楽しみ、しだいにレベルを上げて大きな大会を目指していた多くの「普通の」オーナースキッパーとしても、急にプロのチームが大挙して上位を占有してしまっては、「面白くない」のです。
 こんな経緯で、一時は隆盛を極めたマム36クラスもワンデザインクラスとしてはあっという間にすたれていきます。これは、艇のデザインが古くなってしまったからという理由ではないと私は思っています。プロの参戦が、ワンデザインクラスとしてのマム36クラスにとって、最も大きな障害だったのだと思うわけです。

 そこでオーナーヘルム

 こうして、世界のワンデザインクラスはなかなか普及しえませんでした。それでもやっぱりヨットレースはワンデザインに限る、と考えたアメリカのオーナー達は頭をひねりました。
 それが、オーナーヘルムルールです。
 乗組員をグループ1(アマチュア)からグループ3(プロ)まで3種類に分け、ヘルムスマンはオーナーかグループ1のセイラーしか担当できないようにしました。また、グループ3のクルーの乗艇人数を制限しました。
 ファー40、1D35、マム30、の各艇種は、このシステムがウケて、あっという間に大きなフリートを形成しました。
 確かにアメリカの経済が絶好調であった時期と重なるのですが、これらのクラスにこのアマチュア規定がなかったら、こうは盛り上がらなかったであろうと思われます。
 クルーのエリジビリティーはアメリカのヨット協会である「USセイリング」で行っています。今では「Competitor Classification」と表現しているようです。
 ウエブサイト<http://www.ussailing.org/compelig/>から簡単に申請できますが、手数料が必要です。USセイリングの会員なら$25と手頃な価格になっています。会員外は$75ですが、JSAFの会員もその他のナショナルオーソリティーの会員としてUSセイリングの会員と同じ扱いになるので、我々日本人も$25でUSセイリングのエリジビリティーを取得できます。(今はISAFでも認定作業をしており、これがアメリカのレースでも通用するようです)
 申請にあたっての質問は多岐に渡っています。自分から「自分はグループ1です」と申告するわけではありません。ホームページにある質問に一つ一つ答えていき、あとはUSセイリングの委員が独自の判断で個別にグループ分けをします。
 基準はだいたい決まっているようですが、実際の審査基準にはかなりの柔軟性があるようです。セイルメーカー以外は、よほどの経歴がなければグループ3にはならないようです。私も正直に申告してグループ1でした。最初に取った時には「グレーゾーンなので」との事で、現地でレース前に委員の人のインタビューを受けましたが、それでもグループ1でOKでした。私の周りではグループ2(1でも3でもない人)は一人もいません。
 ちなみに、「過去2年の経験」を審査するもので、過去のアメリカズカップセイラーでも現在ヨットレースにかかわる仕事をしていない限りグループ1になるようです。
 個々の乗り手のエリジビリティーはナショナルオーソリティーが認定し、グループ3のクルー(つまりプロ)が何人乗って良いのかいけないのかは各クラス協会で決めます。
 J/105のクラスルールを見てみると、さらにここで「Level A」から「Level C」まで3つの大会カテゴリーを作り、大会毎に主催者が選べるようになっています。
 今、アメリカで最も人気があると思われる真冬の祭典「キーウエストレースウイーク」では、最も厳しい「Level A」が採用されていました。これは、グループ3のクルーは一人も乗ってはいけないというものです。(但し、オーナーがグループ3である場合はその限りでは無い)J/105クラスのホームページはなかなか面白いので、クラス協会運営を志す方は必見かも。<http://www.j105.org/>
 さて、このあたりの各クラスルールによって、サイズ的には同じくらいの大きさのマム30(グループ3は2人まで可)とJ/105のワンデザインクラスとしての棲み分けがうまくできています。
 マム30クラスの上位艇には、セイルメーカーのスタッフも乗り込んでいますし、ワールドともなればアメリカズカップでならす大物が各艇1人づつ乗り込んでいたりと全体のレベルも高く、オーナーヘルムとはいっても「昔はオリンピック選手」みたいな熟年紳士だったり。アマチュアが……といっても、実際にはほど良くプロが入り込んでいるわけです。もちろん、プロセイラーはオーナーの補佐として、タクティシャンやセイルトリマーを務めるわけです。
 一方同じキーウエストレースウイークでも、J/105の舫われている桟橋周辺は、歩いている人達もぐっと素人っぽい感じがします。これは悪い意味ではなくて、「それ」を望んでいる人達も多いのです。
 ファー40になると、グループ3のプロセイラーは4名まで乗艇可。これはもうかなりプロの世界なんですが、それでもやっぱりヘルムスマンはオーナーです。特にこのクラスではヘルムスマンの資格については厳しい取り決めがあるようです。
 フネも大きくお金もかかるファー40クラスでは、これまで50ftクラスのワンオフ艇に一流セイラーを乗り込ませ大きなレガッタで走り回っていたオーナー達が自ら舵を持って船を走らせている訳です。一流セイラーは脇役に回り、メインシートトリマーやタクティシャンとして、活躍しています。「プロの食い扶持」もきっちり確保されているというわけです。
 と、USセイリングで認定しているエリジビリティーを、各クラス協会がうまく使うことで、そのクラスのアイデンティティーというものが生まれてくるわけです。ここでは、クラス協会の「ポリシー」が重要で、協会がうまくリードしていかないと、いいクラスはできないのです。どんなに船の性能が良くてもだめ。クルーのエリジビリティーをどう使うかは各クラス協会やあるいはレガッタ主催者がリードしていかなくてはならない事なのです。

 日本ではどうなのか?

 もちろん、問題もないわけではありません。アマチュアの定義はなかなか難しく、例えば、オーナーの会社に雇われた元オリンピックセイラーはどうなのか? 今は他の社員と同じ業務に就いているとういうならまだしも、会社には行かず、プロセイラーそのもののような生活を送っていたら? それでも単なる会社員としてグループ1でいいのか? これは、過去にもヨーロッパのフネがアメリカに来た時に問題になっていました。我が国では「企業スポーツ」というものがあり、その企業の社員として仕事もしつつ、ヨット部員として優遇もされている、なんて場合はどうしたらいいのか? 難しい問題です。
 あるいは、セイルメーカーの社員はみんな同じグループ3になってしまうのか? セイルメーカーの社員といってもそのレベルは様々で、極端な話、事務職の人だっているわけです。ポール・ケイヤードと、日本の若いセイルメーカーの社員が同じグループ3では、彼らの出番が狭くなってしまいます。
 「オーナーかあるいはグループ1のセイラーが舵を持つ」というルールでは、はたして本当にオーナーなのか? お金は真のオーナー(スポンサー)が出しているのではないのか? なんて事も問題になったりしていました。
 こうした問題点を、一つ一つ解決していって、日々新しいルールが作られていってるという感じです。大きな大会の前後には、クラス協会のミーティングが行われ、会員の意見を聞きつつルールの改定が行われてきました。これにはインターネットの大いに役立っていて、議題が次々上がってきます。
 このように、アメリカやヨーロッパでも、アマチュアルールは、まだまだ発展途上なのです。さて、我が国ではどのようにしていったらいいのでしょうか?
 単純にアメリカの真似をしてもうまくはいかないでしょう。日本には日本のアマチュアルールが必要になると思います。
 まず、プロか否かの基準そのものも、アメリカと日本では事情が違ってきます。また、あまり厳しくプロを閉め出すと、オーナーにとってはクルー集めそのものが難しくなるかもしれません。
 JSAFとその外洋団体へ支払う会費も安くはないので、クルー全員がアマチュア資格を取るためにJSAFに入会しなくてはならないとなると、かえって参加艇が激減してしまうかもしれません。
 マム30やファー40等のクラスは、決して初心者向けのクラスではないのです。レベルの高いレースをアマチュアで行う、という為に、このシステムがあるわけです。我が国でいうと、J/24クラス等ならすぐにアメリカ式のルールが適用できるのかもしれません。しかし、「オープンヨットレース」のようなイベントでは、クルー全員をJSAFに入会させてアマチュアぶりを証明する事は、はなはだ難しいと思います。
 そこでとりあえず、「ヘルムスマンはグループ1のアマチュアでなければならない」として、オーナーヘルムのレースから始めたらいかがかと思うのです。
 レースに出るオーナーならばJSAFの会員になっているでしょうからさしたる問題もありません。この際、JSAF&外洋系団体の会員全員にエリジビリティーを与えたらどうでしょうか。事務処理が大変だ、と言われるかもしれませんが、なんの事はない。グループ3のプロとなる人の数は知れています。日本のヨットレースを盛り上げようとするなら、無駄にはならない手間ではなかろうかと思います。これまでの会員証に直接書き込んでしまえばいいわけですし。
 また、日本でプロと思われるセイラーならばすでにJSAFの会員になっているでしょうし、ここでグループ3に入っていないと業界人としてカッコがつかない、というくらいになればいいのかもしれません。
 逆に言えば、連盟というのは、このようなことをする為にあるのではなかろうか。会員になるメリットとは、このような事の為にあるのではなかろうか。……とまで思うのであります。
 まあ、いきなり連盟が動くという事はないでしょうから、ここはまずオーナーヘルムのレースを行う事から始める事になるのでしょう。実際に、関東ミドルボート選手権でも、だいぶ前からオーナーヘルムの日というのを設けてはいましたが、どうも人気は今ひとつだったかも。が、今はまた状況が違います。オマケではなく、きちんとしたオーナーヘルムのクラスができれば、人気は出るのではないかと思うのですが、いかがなものなのでしょうか。
 あとは、参加者次第。なにより、レースは参加者の為のものですから。
(2002/9/7)

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